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タイトル・マスコミ記事

マスコミ記事バックナンバー

TBS 「明日のそら色」

TBSのお天気番組「明日のそら色」に出ました。
リポーターの山本潤さんから、女性杜氏の酒造りについてご紹介いただきました。
わずか1分間の映像だったのですが、収録は4時間もかかりました。
良い番組を作るにはこだわりがあるようで、酒造りと同じだということを感じさせられました。

http://www.tbs.co.jp/tenki/sorairo20070211.html

群馬よみうりプラス 声(ボイス)欄 「多くの人に愛される酒を造っていきたい」

=新聞記事からの引用文章=

群馬よみうり記事

=杜氏 町田恵美さん=
Profile
1883年(明治16年)創業の造り酒屋・町田酒造店に、3人姉妹の長女として生まれる。2000年、家業を継ぐことを決意、酒造りの修行に入り、県内唯一の女性杜氏に。06年5月、前年のシーズンに仕込んだ大吟醸が、全国新酒鑑評会で金賞を受賞した。前橋市駒形町在住、31歳

酒造りの世界に人り、6度目の冬を迎えた。活気のみなぎる蔵の中で、酒の仕込みに没頭する毎日。大学卒業後、束京でOLをしていた町田さんは25歳の時、家業を手伝おうと帰郷Lた。それまで、「自分が酒造りの現場に人るなんて、夢にも想っていなかった」◆そんな町田さんの背中を押Lたのが、全国の女性醸造家が集う『蔵女惟サミツト』、そこで、蔵で働く多くの女性に出会った。「男性の世界とぱかり思っていた酒造りの現場で、生き生きと輝きながら働く女牲がいることを知った」。この出会いが、120年の歴史を持つ造り酒屋に3人姉抹の長女とL.て生まれ「いずれは家業を継がなけれぱならない」と、悲観的に考え続けていた町田さんを刺激し、変えた。「酒造りに携わっていくことに、明るい光が射した気がした」◆その後、新潟県から来ていた杜氏を親方と仰ぎ、見様見まねで酒造りのノウハウを学んだ.」3年間のつらい修業を終え、4年目の冬には、修行時代から辛苦を共にしてきた夫の晶也さん、2人の従莱員と一緒に、自分たちの手で酒を造った。そLて、昨シーズン仕込んだ大吟醸が、全国新酒鑑評会で金賞を受賞。「自分たちの酒造りに間違いはなかった」と自信につながった、同時に、「もっと酒の質を向上させ、多くの人に愛される酒を造っていいきたい」と酒造りへの意欲は一層、強いものに。その思いを胸に、ひたむきな姿勢で酒造りに情熱を傾けている。

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上毛新聞 みのりくらぶ

=新聞記事からの引用文章=

上毛新聞みのりくらぶ記事

厳選の群馬の蔵元を紹介します。 伝統、技、情熱、すべてにわたり群馬を代表する酒造メーカーです。

*7軒の蔵元の1つとして町田酒造店が紹介されました。

「若いエネルギーで酒造りに没頭の日々」 米洗いから温度管理まで、すぺて「人の手」で作業する。冬場の仕込みの時期には早朝早朝5時から深夜まで、小まめに酒の状態をチュックしている。平均年齢20代の、酒造りが大好きな若いチームの一員である宇野靖弘さん、酒造り期間は、会社に寝泊まりし、徹底して「手造りの味」にこだわる。「夜間の温度管理は特に大変だけど、出来上がりの味は格別」という、ひたむきな姿勢が酒質に現れる。この時期は、手造りの新酒しぼりたてが楽しめる。

(写真)麹屋の宇野靖弘さん (株)町田酒造店
■代衰銘柄:清りょう、叶屋卯三郎、亭主関白、かかあ天下
■前橋市駒形町65 
■TEL 027-266ー0052
■URL http://www.seiryo-sake.co.jp/

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 2006.6.9 朝日ぐんま 「全国新酒鑑評会で金賞」

金賞受賞に関する朝日ぐんまの記事

=新聞記事からの引用文章=

ぐんま古今東西
タウン・リポート

県内唯一の女性杜氏
町田恵美さん(31)

全国新酒鑑評会で金賞

(写真)金賞を受賞した大吟醸酒を手にする町田さん

前橋市の町田恵美さん(31)は、県内ただひとりの女性杜氏。今シーズン仕込んだ大吟醸は、先月行われた全国新酒鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)で金賞を受賞した。都内で25日に開かれる、全国から女性醸造家が集う「蔵女性サミット」に、町田さんも自ら醸した群馬の地酒を携えて参加する。(八田信江)

 杜氏は、酒造りを指揮し製品になるまでの全責任を担う。近年は、女性の蔵人や杜氏が続々と誕生。99年には、蔵で働く女性の全国ネットが発足、毎年「蔵女性サミット」が開かれている。
  町田さんは1883(明治16)年創業の造り酒屋、3人姉妹の長女として生まれた。大学卒業後、東京でOLをしていたが、25歳で同サミツトに初めて参加。日本酒のおいしさに開眼し、家業を手伝うことに。「酒造りにひたむきな女性たちの姿に、DNAが目覚めたのかも」。以来、越後から来ていた杜氏を親方と呼び、修業に入る。その後、結婚、出産を経験。母となって、酒造りへの思いは一層深まったという。「発酵するもろみはまさに生命体。.酒造りはよく子育てに例えられるが、子を産んで初めて実感できた」
  一昨年、高齢の親方が引退。「みんなで力を合わせよう」と、これまで以上の団結力から生まれた酒は、その年の鑑評会で入賞、親方の花道を飾った。今回の金賞は町田さんが全責任を担って成し遂げた快挙。今年は、全国から997点が出品されたが、入賞の中から特に優秀と認められた酒が金賞に選ばれた。「結果を聞いた瞬問、固まってしまった」と笑う。大吟醸は、いかに低温で長期問発酵させるかが重要。心配で「夜中、何度もタンクをのぞきに行った」と明かす。
  今年のサミットは、全国30の蔵の女性たちが酒を持ち寄り試飲会を開く。町田さんは、群馬産の酒米「若水」や、県開発の「群馬KAZE酵母」を使った純米酒で、「群馬の地酒をアピールしたい」と話す。
  なお、同純米酒の販売を記念し、前橋市駒形の蔵で17日、「冷酒を楽しむ会」が開かれる。問い合わせは町田酒造店(027・266・O052)へ。

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2006.1.10 TBSラジオ


TBSラジオ番組 「丸山弁護士 正義の味方」のゲストコーナーに登場された野々村真さんに町田酒造店から「かかあ天下」と「亭主関白」をお届けいたしました。 野々村さんがどちらのお酒を選ばれるか興味深々でしたが、選ばれたのは「亭主関白」でした。
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上毛新聞記事

2006.2.7 上毛新聞 「笑顔の食卓」


=新聞記事からの引用文章=

伝統守り新しい味を 「人の手」で酒造り 町田恵美さん(30)前橋市駒形町 「手づくりの味をお客さまの口元まで伝えたい」。 実家の町田酒造店で、20代中心の6人の職人集団を引っ張り、120年の伝統を守り続けている。 1883年創業。父、町田卯三郎が4代目を務める。登録商標の銘酒「清りょう」は、華やかな香りと淡麗の旨口が自慢だ。 短大卒業後、都内の商社に勤務していたが、2000年、実家に戻った。一年後、晶也さん(30)と結婚、夫婦での修業の日々が始まった。 初めは杜氏(とうじ)の仕事の見学ばかり。酒屋に生まれながら、体質的にアルコールを受け付けず、戸惑うことが多かった。だが、職人の熱意に触れるにつれ、酒に対する思いが変わった。だわる。寒仕込みの最中はの手」で行う。「手をかけ 「若水」など県産米を使い、水は自社の井戸水にこだわる。寒仕込みの最中は毎朝五時に起床、米蒸しや酒母づくり。もろみの仕込みに励む。1時間ごとの温度管理も妥協せず、作業はすべて「人の手」で行う。手をかけただけ味に響くL.。笑顔に自信がのぞく。 以前は越後杜氏の指導を受けたが、一昨年から従業員だけで行っている。「自ら造って自ら売る。一から十まで自分で造ったお酒にかかわれる喜ぴは格別」。白い湯気が立ち込めたタンクを見つめる顔は、わが子を見守る母の目そのものだ。 今や現場の責任者。仕事に対する誇りは誰にも負けない。「昔のように一升瓶を抱えてお酒を飲む人は減った。伝統を守りつつ、今の世代に合うお酒を造りたい」。「職人の息づかいが伝わる酒」を目指し、ひたむきな向上心を持ち続ける。 メール 昨年、新ブランド「町田酒造」を造り上げました。まろやかな味で食事にも合い、誰にでも楽しめます。一昨年から売り出した「かかあ天下」と「亭主関白」も好評です。日本酒の消費量が減り、消費者がお酒を選ぶ時代になりました。「少しでも差別化を図り、お客さまに選ばれるお酒を造る」。手間がどれだけかかっても、それが一番です。

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2006.1.12 東京新聞「上州人」

=新聞記事からの引用文章=

東京新聞記事

OLから転職し猛勉強 お酒の新しい楽しみ方模索 県内初の女性杜氏町田恵美さん(30) 冷え切った酒蔵。外気よりも低い気温の中で早朝五時から、少なくとも12時間は缶詰めだ。 「それでも、真冬は外より暖かいんですよ。5度を下回ると酒が凍ってしまうから、温度管理には気を使います」 日本酒の仕込み最盛期は10月から3月。厳しい目で発酵中のタンク内をチェックし、時には撹梓(かくはん)する。「これは、もうすぐ出来上がりなんです」と誇らしげな笑顔は、子どもの成長に目を細める母親のようだ。だが、県内初の女性杜氏(とうじ)は、すんなり生まれたわけではなかった。 三姉妹の長女。もともと家業の酒造店を継ぐのに抵抗があった。創業120年余りの古いしきたりのある家。市内の中学から前橋女子高に進んだのも「母も祖母も、その前も、うちの女はみんな前女だから」。 とにかく故郷を離れたかった。卒業時、両親は醸造科のある大学を望んだが、猛反発し、あえて国文科を選んだ。「店を継ぐことばかりを期待され、反発したい気持ちにもなりました」 東京の短大を出て、都内の電機商杜に就職。仕事を一通り覚え、「もういいかな」と転職を考えたのは5年前。実家に相談すると、「店の人手が足りないから帰ってきては」と母に誘われた。逃げ続けていた半面、「いつかは帰るんだろうな」との思いは消えていなかった。苦手だった日本酒がおいしく感じられるようになっていたのもきっかけになった。「母の策略にはまった感があります」. 決意してからは早かった。交際中だった夫の晶也さん(30)も、婚約者として町田酒造店に 就職。OL経験を生かして事務だけ手伝うつもりだったのに、酒造りにも興昧が出た。当時、店にいた越後杜氏の親方に、コメの選び方、温度の管理といった酒造りの基礎から学んだ。春夏には、全国の女性杜氏ら」でつくる「女性杜氏の会」に出かけ、猛勉強を重ねた。埋もれていた銘柄を再生し、鑑評会で賞も受けた。現在は親方の力に頼らず、夫婦二人が親方だ。 「でも、まだやりたいことは全然できていない」。うまい酒造りはもちろんだが、新たに蔵を活用したコンサートの開催、「TPO」に応じた日本酒の選び方の提案も考えている。2歳になる長男の相手をしていても、ついお酒のことを考えてしまう。保育園の先生に『子どもは敏感。遊ぶときは集中して』と注意されています」と苦笑いする。 「ただおいしいだけではだめ。何がどうおいしいのか、お客さまに褒めていただけるお酒を造らなければ」。冬季限定の自信作「しぼりたて清りょう」を前にみせた厳しい表情は、母親から、親方に戻っていた。(前田朋子)

(写真の説明) 酒の発酵具合を入念にチェックする町田恵美さん =前橋市駒形町で

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2006.2.5 上毛新聞「こだわりの酒造り」

=新聞記事からの引用文章=

上毛新聞記事

こだわりの酒造り 「赤城のしずく」 前橋小売酒販組合 県産原料を使用 9月に限定発売 独自ブランドの清酒で販売を強化しようと、前橋小売酒販組合(城田修理事長)は町田酒造(前橋市駒形町、町田卯三郎社長)の協力で、純米吟醸酒「赤城のしずく」を製造している。県内産の酒米「若水」と酵母「群馬KAZE」を使い、仕込み作業に組合員が参加するという、こだわりの酒。9月に発売し、評判がよければ来年度以降も続けていく。 組合は前橋税務署管内の前橋市、勢多郡の中小酒小売店主を中心に341人がメンバー。大榊手安売り店の進出やコンビニの参入など販売環境が厳しさを増す中、組合の活性化を目指して勉強会を開いている。 「赤城のしずく」の製造も、こうした活動の一環。「自分たちが考案した清酒を販売し、全国ブ.ランドとの差別化、個性化を図ろう」と、初めて取り組んでいる。 県内産の原料を使うと同時に、基本に忠実な酒造りが特長。仕込みに最適な厳寒期の1月下旬、5日間にわたり延べ30人の組合員が酒米を洗ったり、酵母と合わせたりの手作業に参加した。 初年度で販売見込みが不明なため、仕込んだ酒米は500キロにすぎず、出来上がる酒は720ミリリットル瓶で1350本。予定価格は1本1350円で、組合員の中から希望者を募って卸す。 城田理事長は「十分に熟成させるので、香りのいい、きれいな酒に仕上がるはず。お客の反応をみながら、来年度以降は量を増やし、違ったタイプの製晶も手掛けたい」と話している。

(写真の説明) 手作業の酒造リに参加する組合員

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22006.1.18 上毛新聞みのりくらぶ

=新聞記事からの引用文章=

若いエネルギーで酒造りに没頭の日々 米洗いから温度管理まですべて「人の手」で作業する。冬場の仕込みの時卿には

上毛新聞記事

早朝5時から、深夜までこまめに洲の状態をチェックし、まさに大切なわが子を見守るように造る。平均年齢20代の酒づくりが大好きな若いチームを率いるのは120年の歴史を引き継ぐ町田恵美さん。現状に満足せず、常にハードルを高くして励む。「手作りの味がお客さまの口元に伝わればいい」という。ひたむきな姿勢が酒質に現れる。

代表銘柄:清りょう、叶屋卯三郎、亭主関白、かかあ天下
(株)町田酒造店 ■前橋市駒形町65 ■TEL 027-266-0052 URL http://www.seiryo-sake.co.jp

(写真の説明) 寸暇を惜しまず酒を見守る杜氏の町田恵美さん

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2003.3.28 朝日ぐんま<地酒」ルネッサンス>

=新聞記事からの引用文章=

朝日ぐんま記事

蔵元では今①
赤城おろしに春の香
創業120年の蔵に新風

仕込み蔵ではズラリと並ぶタンクから、シュワシュワと酵母の発酵する音。隣りの蔵では、酒袋からしたたる液体が、ヒタヒタと斗(と)びんに注がれている。「いちばん緊張する瞬問なんです」と町田恵美さん(27)。11月から始まった酒造りが、クライマックスを迎えていた。 毎朝5時。蔵に入ると、真っ先にモロミのタンクを検温する。そして発酵を促すため、櫂を入れて攪拌。体力のいる作業だ。次には分析室へ走り、アルコール度数や日本酒度を計る。予測どおりに育っているか、ハラハラする一瞬。モロミが成熟してくると、搾(しぼ)りのタイミングを見極めるために、ピーンと蔵の空気が張り詰める。 すべては最高の状態で酒にするため。しかし相手は微生物。人知では計り知れない現実を、しばしば突きつけられた。酒造りに取り組んで3度目の季節。「やれば応えてくれる関係」になりたくて、越後杜氏の大野廣一さん(72)を「親方」と呼んで、夫の晶也さんと一緒に技を磨いている。 蔵では冬の問、杜氏や蔵人が寝食を共にして酒造りをする。恵美さんはそんな光景を目にして育ったが、自分が仲間に加わるとは思ってもみなかった。進学のため都会へ。そのまま就職した。しかし、成人するにつれ、米が醸し出すふんわりした日本酒の甘さに惹かれていく。120年続いてきた故郷の蔵の味を思った。三姉妹の長女。自分が酒造りをしようと決めた。 蔵には力仕事もある。だが「女性が蔵に入ったから、酒の味が変わった、とは言われたくない」どきっばり。 昨年10月、初めて新商品を開発した。大吟醸「亭主関白」と純米吟醸「かかあ天下」をセットに。「早主」はフルーティーでやや辛口。すっきりしながらしっかりした昧の「かかあ」は、県産米と県開発の酵母、自家井戸水を使い、純粋群馬産にこだわった。東京からUターンして「やっぱり群馬はいい。風も空気もLと、心底感じた恵美さん。「かかあ」にはその思いが込められている。雄雛(ひな)と雌雛のごとく寄り添うボトルは、スレンダーなボディに和紙のうベル。デザインも夫婦で考えた。並ぶ亭主関白とかかあ天下に、好奇心をくすぐられる。はたしてどちらが強いのか。限定品は2ヵ月で完売した。老舗を物語る仕込み蔵のにび色の畳(いらか)を、赤城おろしが駆け抜けていく。「晶也さんは営業の仕事もある。だから、蔵の作業は自分が頑張りたい」と、寒造りにいそしむ恵美さん。二人で紡ぐ酒造りの夢が、ほころぼうとしていた。

■町田酒造店 前橋市駒形町65 027・266・O052 創業明治16年

(写真の説明) 女性杜氏を目指す町田恵美さん

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2003.2.13 上毛新聞<次代を担う>

=新聞記事からの引用文章=

上毛新聞記事

目標は「新ブランド」
女性杜氏、酒造りにまい進
町田酒造社員 町田恵美さん

実家の町田酒造店(前橋市駒形町)は1883(明治16)年創業。父、町田卯三郎社長は四代目だ。三姉妹の長女である恵美さん(27)は都内の商社に勤務していたが三年前、実家に戻った。 「県内では私が初めてなのかもしれませんが、全国の蔵元では女性杜氏(とうじ)が着実に増えてきている。漫画『夏子の酒』で女性杜氏の存在がクローズアップされたようですけど、実際に女性杜氏同士の全国ネツトワークもある」と伝統的な日本酒の世界で大きな地殻変動が起きていることを示唆した。 造リ酒屋に生まれたが、当初、体質的にアルコールを受け付けなかった。"長女の重荷"を何となく感じていたことから、高校を卒業したら群馬を出ようとも思っていた。都内で就職したのは「外の世界を見てみたい」という思いからだった。一方で社会人四年目を迎え、母からの「そろそろ家業を手伝ってほしい」という言葉に心が揺れた。日本酒のおいしさがだんだん分かってきたこともあった。 家業を継ぐのに追い風もあった。商社時代から付き合っていた晶也さん(27)と結婚、夫婦しての杜氏修業が始まった。11月から3月までは仕込みの最盛期、早朝から体力がいる作業が続く。 「米を担いだリすることも、体の使い方、動かし方が身についてくれば何とかなる。最初は言われたことにただ従っていただけだったけど、3シーズン目を迎え、酒造リがだんだ ん分かってきた」という。 同社の「清りょう 転載注:"りょう"の漢字は口偏に寮)」は、神聖な清らかな御神酒を飲んでいただくという意味が込められている。漢学に造けいの深かった初代卯三郎(故人)が漢学者に試飲してもらって、瞭の字で登録商標した。「味わいがあって、甘さ、ふくらみもある飲みやすい」と定評がある。酒造リの奥深さを感じ始めた恵美さんは最近「おいしい-の次に出てくる言葉を大事にしたい。どんなおいしさなのか。もっともっと聞きたくなる」という。 女性杜氏のネットワークは毎夏、持ち回リで交流会を開催。恵美さんは三年連続で参加している。蔵見学や泊まリ込みの交流を通して、酒造業界の抱える問題や醸造技術について学ぶことが多いためだ。 日本酒の総消費量は減少傾向だ。その中で「大吟醸」「純米」などの特定名称酒の占める割合は増えている。全国各地の酒蔵が「品質のよい、高く売れる酒」へ軸足を大きく移してきた。 冬場は杜氏として酒造リに専心。四月から販売、営業に重心を移す。ラベルやびんの形状を考えたリする時は心はずむ。商品づくリだけでなく、流通ルートや販売方法など、まだまだ学ぶべきことは山積しているという。「お酒に対して、ようやく自分なりに考えをもてるようになってきた。これからまだ時間はかかるだろうが、自分たち夫婦が納得できる酒を造っていきたい。経営環境は厳しいがオーナー杜氏として、新しいブランドをつくることが目標」と語る。

(写真の説明) 1975年前橋市生まれ。前橋女子高、昭和女子大短期大学部卒。商社勤務を経て00年町田酒造店入社。両親のもとに夫、晶也さんと同居。趣味は映画鑑賞。

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朝日新聞2003.1.4<地・究・人>

=新聞記事からの引用文章=

朝日新聞記事

③杜氏見習い 町田恵美さん(27)
受け継ぐ「蔵の酒」

利根川から約4キロ離れた井戸に伏流水がこんこんとわく。前橋市駒形町。「昔は近くに川の流れがあった」ともいう。 井戸の水はきりっと冷たいが、口に合むと舌に染み込むように、優しくなじむ。 生まれた時から飲み続けたこの水で、町田恵美さん(27)は杜氏(とうじ)見習いとして日本酒を造る。 「私は酒蔵の娘です」 胸を張って言えるよらになった。この冬、3度目の仕込みだ。 小さいころ、蔵に入った記憶がない。広く、暗くて、怖い場所だった。 3姉妹の長女。周りから「お婿さんをもらって蔵を継がなくちゃ」と言われ続けていた。 120年の歴史の重みと「決められた人生」。 プレッシャーだった。 サラリーマンの家庭がうらやましくて「うちはお酒を造っている」と言えなかった。 高校を卒業して東京に出た。短大に進み、電気関係の会社に就職した。 短大時代につきあい始めた晶也さん(27)にもしばらくは家業や跡継ぎのことを話さなかった。 会社勤めが3年たったころ転職したいと考え、母に相談の電話をした。 「どうせならうちで事務をしない?」 実家で働く事務の人が辞めた直後だった。気の置けない人がそばにいてくれたら、という母の気持ちも考えた。 同じころ、それまで全く飲めなかった日本酒を口にするよらになった。「こだわり」から離れたところで仲間と味わう酒。いつしかおいしい、と感じていた。 晶也さんに言った。 「実家に帰るんだ。遠距離恋愛になるね」 打ち明けて半年たっていた。埼玉生まれで運送会社に勤めていた晶也さんが「おれも一緒に行くよ」と言った。 2人で実家に「就職」した。00年6月のことだ。 (写真の説明) 蒸した米をこうじ室へ運ぶ。蔵には力仕事が多い。

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2002.12.9テレビ東京 (徳光の情報スピリッツ)

町田酒造店に養子として入り、夫婦で助け合って酒造りの修行をしている町田晶也が造り酒屋の「マスオさん」として紹介されました。

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書籍「幻の地酒尽くし」 ((株)青春出版社)

=書籍からの引用文章=

書籍の表紙

書籍「幻の地酒尽くし」 P.150~159
(木村克己監修、(株)青春出版社発行)

「幻の地酒尽くし」

「利酒師が選ぶ蔵元の美酒」(転載注:"利”の漢字は正確には口偏に利)
木村克己[監修] (株)青春出版社発行

町田酒造店

冬季隈定の『亭主関白』と純米吟醸『かかあ天下』

■各地で活躍する女性蔵人たち

伝統的な日本酒の仕込みは秋から春にかけて行われるが、蒸し米から搾りに至るまでの中歯峠程が行われるのは寒い冬の間である。早朝から、米を運んだり醪(もろみ)を櫂(かい)でかき混ぜたりと過酷な労働環境といわざるを得ない。また、蔵の中は杜氏をトップとした厳格な縦社会でもあり、典型的な"男の職場"であった。

しかし、さまざま職場に女性が進出している昨今、各地の酒蔵でも女性蔵人たちの活躍が目立つてきている。三重県の森喜酒造場で現在杜氏を務める森喜るみ子さんは・そん な女性蔵人たちの交流の場を兼ねて、1999年に蔵女性(くらびと)サミット一なる会をスタート現在まで4回の会合を重ねており、酒蔵のほか酒販店など80人ほどのネットワークに広がっているという。

現在、全国で100人前後の女性蔵人が活躍しているといわれる。なかでも先進的なのが新潟県で、県内で総勢30人以上の女性が酒造りに励んでいる。とくに、『大洋盛』の銘柄で知られる大洋酒造は、杜氏以外は全員女性という際立った編成で話題を呼んでいる。

このように女性蔵人が続々と登場しているなかで、20代半ばという若さで蔵入りし、杜氏の下で酒造りを学んでいる女性が群馬県にいる。1883年の創業以来、主要銘柄「清りょう(転載注:"りょう"は口偏に寮)」の名が示す通りに利根川の伏流水で清らかな酒を醸し続けてきた、町田酒造店の町田恵美さんである。

■襲名制の老舗蔵

前橋市のJR駒形駅からほど近い市街地に居を構える町田酒造店は、今年創業120年を迎えた老舗の酒蔵だ。1903年に開催された内国勧業博覧会で褒状を授与されるなど、水量豊かに利根川から流れてくる駒形町の井戸水で仕込んだ酒は、早くから高い評価を得ていた。 初代の町田卯三郎さんは、一代で現在の町田酒造店の経営基盤を作り上げた人物。その後、兵庫県から原料米の原種を移入して地元の米づくりに寄与した二代目、日本酒造組合中央会清酒技術委員長を長く務め1951年に株式会社化も呆たした三代目へと蔵は受け継がれた。現蔵元の四代目卯三郎さんは、これまでの伝統を守りつつ、ネーミングや包装を工夫するなど多様化する需要の動きを視野に入れた取り組みも続けている。

この町田酒造店で現在、ご主人との二人三脚で蔵を継ぐべく修行を続けているのが、四 代目がもうけた三姉妹の長女・恵美さんだ。

■修行中の跡取り娘

1975年生まれの恵美さんは現在28歳。栗色の髪とカジュアルなファッションに身を包んだその姿は、酒蔵で修行中の蔵人というイメージとはほど遠い、現代的な若い女性そのものである。「日本酒が飲めるようになったのも、大学を出て就職した後、23歳頃のときなんですよ」と笑う恵美さんは、東京の女子大で国文学を専攻していたという。

「女子大の文学部を出てOLに、という"普通の進路"に憧れていたんです。蔵の娘とい うことで将来が決まっているようなところがありますよね。普通の女子大に入りたかったのは、それに対する反抗心もあったんです」 やがてふたり一緒に蔵入りすることになる晶也さんとの交際が始まったのも、その学生時代だった。

大学を卒業後、電気関係の専門商社で営業事務の仕事を始める。元々お酒が飲めなかった恵美さんだが、「会社勤めとなると宴会の席も多くなるので、徐々に飲める量も増えてきて、だんだん"おいしい"と感じるようになってきました。まだまだお酒は弱いほうで すけど」 運送会社に就職した晶也さんとの付き合いも順調に続いており、ここまでは恵美さんが望んだ通りの"進路"だった。しかし、入社4年目を迎えたころ、ある心境の変化に気づく。

「OLとしての仕事は、たしかに望んで就いたものでしたが、毎日が同じことの繰り返しでした。その単調さに疑問を感じて、転職を考えるようになったんですと恵美さん。ちょうどこの頃、蔵で長く事務の仕事をしていた人が退職し、母親から蔵に戻らないかと持ちかけられていた。「本当はもう少し東京にいたかったのですが、新しい人を雇うより、気の置けない人間をそばに置きたいという母の気持ちも考えまして、蔵に戻ることを決めました」

そして2000年6月、恵美さんは町田酒造店に戻るが、群馬に帰ることを晶也さんに伝えたのは、それを決めたあとのことだった。 「遠距離恋愛になるんだろうな、と思っていました。ところが、私の話を聞いて、彼が一緒に蔵に入るといってくれたんです。実は主人もお酒が飲めない人間で、そのころはまだ実家のことを詳しく話してなかったので、私を普通の酒販店の娘だと思っていたかもしれません。それなのに、いきなり酒蔵に入ることになるわけで、そういってくれたのはとてもうれしかったですね」 まもなく晶也さんも勤めていた運送会社を辞め、ふたりして町田酒造店に"就職"することになった。

■米が液体に変わる瞬間

家業とはいえ、恵美さんには酒蔵の仕事の経験があったわけではなく、ましてやお酒が飲めなかった晶也さんにとっては、すべてが初めての体験だったに違いない。「そのときからふたりとも結婚を考えてはいましたが、蔵に入るのと同時に結婚ということではなく、最初の1年間は"婚約期間"ということになりました。とにかくふたりとも蔵の仕事を何も知らない状態でしたので、仕事の種類に限らず人手が足りないところを埋める感じで何でもやりました。私は事務や配達、営業などをやっていましたが、主人は最初から蔵に入って、瓶詰めや出荷作業などの手伝いから始めました」

人手が足りないといっても、売れ行きが順調でうれしい悲鳴を上げる多忙な日々…-というわけではなかった。「むしろ逆で、単純にコスト的な問題で人を多く雇う余裕がなかっただけなんです。その頃は、越後杜氏を中心にした5~6人のチームに来てもらっていましたが、それも呼べないような状態で、地元の杜氏さんのチームにお願いして来てもらっていました」

やがて恵美さんは、酒販店を回る営業活動を続けているうちに、白分も日本酒造りの現場を知る必要があると考えるようになった。「自分たちの酒を扱ってもらうために営業に出ているのに、酒を持ってきた本人がその酒の造られ方を知らないのではダメだと思ったんです。白分が手をかけた酒であれば説明もしやすいし、なんといっても愛着が違いますよね」と語る恵美さんは、その頃は"日本酒は米から造られる"ということぐらいしか知らなかったと笑う。こうして恵美さんが町田酒造店に戻った年の冬の仕込みから、若い跡取り夫婦は酒造りの現場に入ることになった。

もちろんすぐに仕込みの仕事がこなせるわけはなく、杜氏や蔵人たちの技術を学ぶ日々が続く。 「一番印象的だったのは、醪(もろみ)を櫂(かい)で撹杵させたときの感触ですね。固体だった米が液体に変わるダイナミズムが驚きでした。それと、アルコールの香りも強烈なもので、吸いすぎてクラクラッと倒れそうになったのを覚えています」と当時の記憶を蘇らせる。 恵美さんは、作業の時間以外にも毎日蔵に入っては仕込み中の醪(もろみ)などを飽きることなく眺めていたという。

■季節隈定の大吟醸と純米吟醸 恵美さんと晶也さんが蔵に入ってほぼ1年が経った2001年の5月、晴れてふたりは夫婦となった。ふたりにとって2度目となるその年の仕込みから、新潟からベテランの杜氏に半年間住み込みで来てもらい、その技術を恵美さん・晶也さん夫婦と同じく20代の若い蔵人が学びながらの酒造りがスタートする。

「杜氏さんが72歳、私たち夫婦が28歳、そしてふたりの蔵人がともに25歳という極端な年齢構成なんですよ。蔵人のふたりは以前にウチでアルバイトをしてくれたことがある地元の青年で、ふたりともこちらが刺激を受けるぐらいに熱心に働いてくれます。仕込みの時期以外も営業に出るという年間雇用です」

一見、30代や40代の"中堅"がいたほうがよさそうにも思えるが、それについて恵美さんは、「ベテランの杜氏さんから、いってみれば真っさらな状態の若い私たちが直接学べるというのはいいことだと思っていますし、これだけ長いキャリアの杜氏さんの教えには絶対的な信頼感を持つことができますよね」と、蔵の中の順調な様子を語ってくれた。

町田酒造店で造られる日本酒のうち、その60%を占めるのが実はアルコールを添加した普通酒である。恵美さんは純米酒や吟醸酒へその比重を移行してゆきたいと考えている。「本音をいえば、ウチの蔵は普通酒でもっているようなものなので、この需要があるうちに、味わいを重視した純米酒や吟醸酒造りに力を入れたいと思っています。何をするにも資金は必要ですから」と恵美さんは屈託なく語る。

また、昨年の10月から12月半ばにかけては、酒販店に在庫を置かずに瓶詰めした大吟醸と純米吟醸を一斉に出荷する季節限定販売というアイデアも実践し好評を得た。この2銘柄は、以前造っていたものを恵美さん夫婦が復活させた『亭主関白(大吟醸)』と『かかあ天下(純米吟醸)』である。『亭主関白』は山田錦を35%まで削ったクリアな味わいで、『かかあ天下』は県内産の米の味を大事にした旨口系。その対照的な酒質と同じく、それぞれ白と青の細身のボトルに詰めるなど、ふたりの意気込みが感じられる酒だ。「酒屋さんを1軒1軒回って営業しましたが、その甲斐あってか、それぞれ1000本ずつ仕込んだものが12月の半ばには完売しました」

昨年の仕込みでは、無濾過・無加水・無加圧の特別純米酒と特別本醸造酒を試験的に造ってみた。 「今年の春に群馬県酒造組合の主催で新酒フェアという試飲会があって、その2つの酒を出品したのですが、どちらも評判がよかったので、今年はそれぞれ80本の限定で商品化の予定です」と恵美さん。

今後力を入れていきたい高級酒路線への道を拓くきっかけにしたいと考えている。「私たちのような未熟な蔵人でも、いろいろとアイデアが出せるのは小さい蔵ならではですよね。まだまだ修行の身ですけど、私たちの次の代へ、きちんと形をつくってバトンタッチするために、できる限りのことをやっていきたいと思います」

清瞭吟醸純米酒

分類純米吟醸酒
度数17.0度以上18.0度未満
日本酒度 +2
酸度 1.5
アミノ酸度 1.5
原料米 若水
精米歩合 50%
価格2913円(720ml)

利き酒師コメント

もちやきぴだんご、青竹、ひのきなどを思わせる優麗な香り。卜□リとした口当たりなのに甘くなく緻密。きめ細やかでバランスがとれていてよくまとまっている。後半からお米の風味が強く感じられて長くただよう。おいしいお酒である。

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